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「幻灯機」が広げたフィルムの世界 [キャラメル・エッセー]

10年後の復刻・キャラメルエッセー

回転ドアの向こうには-3 「幻灯機」が広げたフィルムの世界

  まずきれいだと思った。そして不思議だった。それは縁側の雨戸の小さな節穴から差し込む光が映し出した前庭の風景だった。暗がりの白壁にくっきりと、県道に沿った向かいの家並みと庭の柿の木が逆さに映り込んでいる。5~6歳の少年に、この不思議は間もなく納得がいく。  

   ひと回りも年のちがう長兄が、土蔵の中から見つけ出してきた大正時代の古い幻灯機。それは電球を入れるブリキのランプハウスしか形をとどめていないものだったが、兄は虫めがねのレンズを流用した鏡筒を付け加えて、反射式幻灯機を完成させた。4人の兄姉が5センチ幅ほどの紙テープをつくり、てんでに絵や漫画をかいて、時々タ食後に幻灯会を催した。暗い画面を見ながら少年は、この幻灯が動けばいいな、と思った。兄姉たちはよく映画の語をした。「フランケンシュタイン」や「ジキルとハイド」、チャプリンやヒチコック、化け猫映画などが幻灯会の話題だった。なぜ写真が動くのか。少年はその秘密を知りたいと思った。  

   娯楽の少ない時代、小学校の体育館で時々映画会が催された。文化映画が多かったが、年に数回は「鞍馬天狗」「銭形平次」などの劇映画も上映された。そんな時、少年はいつも映写機の傍らにいた。フィルムは古く、いわゆる雨降りで、よく切れた。その切れ端をもらうのが目的だった。

  当時、少年雑誌にブリキの手回し映写機の広告が載っていて、少年はそれが欲しかった。買ってもらえなかったが、動く写真が見られるその機械を近所の仲間が持っていた。少年は大事なメンコやビー玉と引き換えに、映画フィルムの断片を手に入れた。昔の活動写真やニュース映画を切り売りしたものだったが、それを一コマずつ目で追いながら、写真が動く原理の一端を納得した。

  少年の好奇心をさらに刺激したのは国語の教科書だった。映画の発明について。リュミエール兄弟によるシネマトグラフ初公開のエピソードを述べた文章には、「列車の到着」という史上初の映画の1コマが載っていた。当時の観客が、進んでくる列車に思わず浮き足立ったというその実際の画面を、少年はいつか見たいと思った。こうして少年の心は、ますます動く映像にのめり込んでいく。やがて二番目の兄が教師になり、視聴覚を担当すると、家には16ミリ映画の資料が備わった。少年はそれらを興味深くむさぼり読み、映画のメカニズムやシナリオ作法といった事柄を納得していく。

  興味を覚えた物事には、進んで知ろうという意欲がわくものである。自ら学ぶ。これが「生涯学習」の基本らしい。「生涯学習」という言葉が使われ出したのは平成に入ってから。それまでは、入学前の児童には家庭教育、在学中は学校教育、社会人には社会教育と個別に認識されてきたようだ。しかし、それぞれは互いに重なり合い、明確に区分できるものではない。また「教育」は与えるという感じだが、本来は自発的であることが望ましい。「学習」にはその響きがある。ならば一生を通じての自己実現という意味で幼児期から円熟期までを一元化し、「生涯学習」と呼ぼうという傾向になってきているらしい。

  ともかく、人間形成の大本は幼・少年期にあることは言をまたない。先ほどの少年は長じて映像制作をなりわいとし、現在は自身の生涯学習のメインテーマとも考えている。生涯学習とはまさに、生き方そのものなのではないかと思う。ある専門学校の映像講座の中で私はこの話をした。講義が終わって女子学生がぽつりと言った。「本や映画がその人の人生を変えることって、本当にあるんですね」。

  昔、少年が手に入れた大河内伝次郎の丹下左膳映画…正式には昭和3年製作、伊藤大輔監督「新版大岡政談」のフィルムの断片は、今でも私の宝物である。

 

●上は「新版大岡政談」のフィルムとその動画(無声)です。

●この「キャラメルエッセー」は1997年から98年に掛けて「新潟日報」家庭欄に掲載されたものです。 14回まで続きますが、途中他のテーマが入りますので断続的な連載となりますことをご了承くださ い。

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コメント 7

kemm

sigさんの記憶力・保存整理の良さは驚異的ですね。感心するばかりです。
by kemm (2008-03-28 15:08) 

sig

kemmさん、いつもありがとうございます。
興味を持ったことしか書いていませんし、その思い出のよすがのあれこれを捨てきれずにきてしまっただけのことです。
忘れてしまったことの方が圧倒的に多い中に、もっと大事なことがあるのではないかという気がします。
ブログという手法を得て、これまで温存してきたガラクタに、ようやく日の目を見せる機会が訪れたように感じています。
by sig (2008-03-28 19:10) 

sig

furukabaさん、こんばんは。ご来館ありがとうございました。
by sig (2008-09-14 20:38) 

いっぷく

sigさんの自分史ですね、興味深く拝読いたしました。
私の思い出と重なるような感じさえ持ちます。
好奇心旺盛の時代を今でも持ち続けているんですね、素晴らしいです。
by いっぷく (2009-04-09 23:29) 

sig

こんばんは。
早速お訪ねくださって恐縮です。
自分史ブログとして、今までのことをまとめています。
私の場合は絵も書けず、手も不器用なので、映像に向かいましたが、
いっぷくさんの作品は発想が豊かでとてもすばらしいです。
海外での見聞が大いに肥やしになっていることが分かります。
これからも楽しみにしております。
by sig (2009-04-09 23:44) 

漢

宝物ですね!
by (2009-08-16 10:36) 

sig

漢さん、さっそくありがとうございました。
私の宝物は家族にとってのゴミですけどね。呵呵大笑
by sig (2009-08-16 12:41) 

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