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ローンウルフは北をめざす/3 [映画企画・間宮林蔵]

P1030925b-3.jpg        短期連載 時代劇映画企画
     「ローンウルフは北をめざす」 
       
-Strait MAMIYA- 
              ③
IMGP9326.JPG
●福山(松前)城下 「蝦夷福山屏風」部分 

松前藩主に拝謁.JPG
●福山城(松前城)に貢物を持参したアイヌの乙名(オトナ=酋長)たち
 鷹、鶴二羽、アザラシとラッコの毛皮、干したサケなどが描かれている。



●シノプシス(梗概/あらすじ)


1.プロローグ

 寛政11年(1799)春。間宮林蔵は津軽海峡を北上する船上にあった。同行者は蝦夷地御用掛(ごようがかり)村上島之允。数理に祥しい林蔵は、島之允の推挙で、幕府の第三次蝦夷地調査に手附として参加することになったのである。
 夢にまで見た蝦夷地を眼前にして、林蔵の心は思わず引き締まった。
 

  当時、蝦夷地は北辺の黒船と騒がれたロシアの軍艦の出没におびえていた。
老中松平定信の元、遅まきながら北方監理と警備の必要性を感じた幕府は、若輩ながら天体や地理に詳しい天文方・高橋景保に命じて、天明5年(1785)より蝦夷地調査を実施。景保は日本で呼ぶカラフトと外国で言うサガリン(サハリン)は同じものではないかと推測していた。
 地理地形を測るための先達はすでに蝦夷ヶ千島(千島)、奥蝦夷(カラフト)まで足跡を印し、林蔵が蝦夷へ渡る前年には、近藤重蔵、最上徳内らがエトロフ島に「大日本恵登呂府」の標柱を建て、クナシリ、ウルップには島之允も同行していた。
 
北方 広域地図3.JPG

2.蝦夷地にて                                    「江戸にもない」と謳われた松前城下のにぎわいは目を見張るものがあった。松前藩は数字に無知なアイヌをごまかして重税を課す経営政策で繁栄を築いているのだった。<このことは江戸表に知られてはまずい>。彼らは幕府から派遣された林蔵の口から搾取隠しが江戸表に伝わることを警戒し、蝦夷地調査の妨害を考えていた。

IMGP9319b.JPG●福山城(松前城)
IMGP9317.JPG
●「蝦夷福山屏風」六双の左部分

 林蔵らは、蝦夷地探索の案内人として優秀なアイヌが必要だった。蝦夷の地理地形、自然環境を良く知り、勇敢で健康的な若者である。城下で探し出したバンナイというアイヌ青年は、西蝦夷モンベツから和人商人によって拉致された母親と、松前藩下級役人との間に生まれた混血児だった。彼は心のうちで和人に対して激しい敵意を抱きながらも、林蔵らに従うことになった。こうして一同は箱館の北、一ノ渡しに蝦夷地探索の拠点を構えた。

  林蔵の日課は、もっぱら島之允から蝦夷地の概念や測量術を教わること。それに、バンナイを相手にアイヌ語を覚えることだった。バンナイの傍らには、はるばる松前の地から彼を追って来た美しいメノコ、ワッカの姿があった。     

 この年の秋、島之允の元へ一人の初老の男が訪れた。この人こそ、後に初めて正確な蝦夷沿岸地図をまとめあげる伊能忠敬その人だった。彼は幕府の命で蝦夷地の東南岸を測量するためにやって来て立ち寄ったのだが、図らずも林蔵との歴史的な対面となる。
 
忠敬は林蔵に西蝦夷沿岸の正確な実測を託す代わりに、新式の羅針儀による最新の測量法を教える。忠敬は林蔵の申し出た師弟の契りを快く受けると、「世界地図上ただ一箇所残されたカラフト西北の空白部を、ぜひそなたの手で埋めて欲しい」と頼み、同行の人々と共に去っていった。

伊能忠敬.JPG
●伊能忠敬(上)と「大日本沿海與地全図」の東日本部分(下)
 海岸線を実際に歩いて作り上げたものだが、現在の地図と変らない精緻さをもつ。

「大日本沿海與地全図」文政4 1821.jpg
象限儀.JPG量程車.JPG
●天体の高さを測る象限儀   ●歩いて距離を測る量程車
 
北斎「地方測量之図」右下部分.JPG 北斎「地方測量之図」左下部分.JPG
●江戸時代後期、葛飾北斎の描いた「地方測量之図」(部分) 

3.旅立ち
 一見順調な蝦夷本島一周の準備期開。しかし、そこでも松前藩の妨害があった。
 ある夜、林蔵らは藩兵の襲撃を受ける。その時敵意を満面に表して林蔵らを救ったのはバンナイだった
。<もう松前へは戻れない。藩兵の追跡を避けるためにも林蔵らと運命を共にしよう。もしかして母と自分を捨てた和人の父に会えるかもしれない>。バンナイの心は決まった。
 こうしてバンナイはワッカに心を残しながら、一行と共に蝦夷本島(北海道)一周の旅に出発した。 
 必死にバンナイの後を追うワッカ、それは女一人の危険な旅だったが、一途な彼女には恐れるものは何もなかった。
 

 一行の行く手には鬱蒼とした原生林が広がっていた。断崖がそそり立つエリモ岬を過ぎると、そこはもう松前藩の手の届かない辺境の地だった。
 彼らは途中、熊に襲われたりしながら、処々にあるアイヌ部落に宿を借り、その生活をつぷさに観察しながら東への道を急いだ。 

一般的な家屋2種.JPG
IMGP9307.JPG●アイヌの家屋 上右の建物は倉庫

地名入り 1.JPG

 今、シリエトク(知床)の海岸に立つ林蔵の目の前には、クナシリの巨大な島影が横たわっている。<先達に負けてなるものか。追い着き、追い抜<のだ>。心の中で固く決意する林蔵だった。
 オホツコイ(オホーツク)に続くと言われる大海を右手に見ながら、なだらかな海岸線を北上した一行は、蝦夷本島最北の地ソウヤに到着した。海峡を隔てた北にある遥かな奥蝦夷(樺太)の島影を臨んで、林蔵は感無量だった。

 当時カラフトは世界の探検家の間でも、<大陸と陸続きの半島か、それとも島か>
に議論が分かれていた。特に海上は北極海方面にしか出口を持たないロシアにとって、東のオホーツク海から直ちに日本海に到達できるルートがあれば願っても無いことだった。ロシアに限らず列強各国は、主に植民地政策、軍事的観点、交易面からその解明を急いでいるのだった。

ロシアと日本の位置関係-2.jpg

 先達もいまだにカラフトの全容を掴んでいない。それまでの調査で島説が有力だったが、この未知の大陸は林蔵の心を大きく揺り動かした。<カラフトこそ先達を抜き、名を挙げる唯一の舞台だ。いずれこの足で…>、林蔵の闘志は燃え盛った。

IMGP9296.JPG
●西蝦夷/オロフレ峠

 とにかく彼は、まず忠敬との約束を果たさねばならなかった。測量を続けながら蝦夷西岸を南下しつつ、林蔵の頭の中はカラフトのことで一杯だった。
 こうして4ヵ月にわたる蝦夷本島一周の測量を終えた林蔵は、日高のシツナイ(静内)に戻り、直ちに忠敬に詳細な地図を送った。これが蝦夷本島部分が未完成のままだった忠敬の「大日本沿海輿地全図」の完成に大いに寄与するのである。

 シツナイにはバンナイを追ってきていたワッカが待っていた。二人の再会を喜ぶ姿を見て、林蔵もふと江戸に残した内妻りきを想い浮かべるのだった。<おれは生来の放浪者だ。妻は要らない>という林蔵に、りきは献身的な愛を捧げ、戻る当てのない林蔵を待ち続けているのだった。

 その頃林蔵は箱館奉行の請負役雇に昇格していた。しかし林蔵には遅く感じられた昇格だった。
 そもそも林蔵は百姓の家系から取り立てられたとはいえ、単なる下っ端官吏では間尺に合わないと思い始めていた。<仲間に迎合しながらの仕事は性に合わない。しかし、自分がリーダーで進める測量はきらいではない。このたびも大きな成果を挙げているはずだ。それに対する江戸表の評価は不十分だ>。林蔵の強い名誉欲はかえって大きな不満となって心の底にわだかまった。
                       
次回につづく

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コメント 54

うさ

なんか…十分シナリオになっているような…。
アイヌはやっぱり優秀な案内人だったんですね。それがいつからか迫害されるようになってしまった…。どうしてなんでしょう…。私の世代の人でさえ、地域によっては「アイヌ」を差別化していた人たちがいました。アイヌに知人がいたからかもしれないけれど…。私はアイヌを差別化したくないんですよね…。アイヌ独特の民俗音楽も発祥していたこともとても興味深かったですし…。けれど、事実を知りたい…。そんな思いとは違った方向かもしれないけれど、sigさんの案をこの先、読ませていただきたいと思います^^
by うさ (2010-08-07 00:59) 

お茶屋

貴重な情報の数々・・・興味深く拝見させて頂いております!
by お茶屋 (2010-08-07 10:43) 

sig

xml_xslさん
sanaさん
          こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-07 14:27) 

sig

よーじっくさん
ぷりん&りくさん
c_yuhkiさん
いっぷくさん
とらさん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-07 15:02) 

sig

お茶屋さん、こんにちは。
こんな資料ですが、あちこちから集めるのに2年ほどかかっています。
Google Earthを使わせてもらっていますが、この時代から約210年後。ほんとに隔世の感がありますね。
コメント、ありがとうございます。
by sig (2010-08-07 15:05) 

sig

dorobouhigeさん
花火師さん
4geさん
rebeccaさん
kontentenさん
レオぱぱさん
kurakichiさん
okin-02さん
          こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-07 15:08) 

sig

siroyagi2さん、はじめまして。
こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-07 15:09) 

りらら

伊能忠敬の地図がその時代でそこまで完成度が
高いものだった事に驚きますよね((( ;゚Д゚)))
それにしても松前藩は最低ですね・・・。
水戸黄門みたいな人が来ればいいのに(笑)。
by りらら (2010-08-07 15:38) 

sig

うささん、こんにちは。ご返事を修正したりしていたのでコメントの順番がずれてしまいました
北海道(蝦夷地)は元々アイヌ民族の土地でした。
江戸時代後期になると北の黒船と呼ばれた諸外国がその近辺にも姿を現すようになり、幕府は蝦夷地の守りを固める必要が生じて出先機関(藩)を置くようになりました。
藩の存在は時にアイヌ間の抗争を鎮めたりすることもありましたが、目的は蝦夷地の支配でしたから、往々にして元々住んでいた彼等の土地、生活、産業を収奪する形で行われたため、激しい抵抗に遭いました。
今ようやく、アイヌは固有の先住民族であったという認識になりましたね。だから、自然を敬う心、自然中心の生活、ユーからと呼ぶ叙事詩をはじめムックリで奏でる音楽など、日本にはない固有の文化を持っているのですね。
林蔵が蝦夷地へ渡った年はそうした混乱が幕府によって鎮められ、幕府の支配が確立された後でした。ですから探検には欠かせないアイヌの人たちの協力が得られたのです。いつもコメント、ありがとうございます。
by sig (2010-08-07 16:44) 

sig

りららさん、こんにちは。
ほんとですよね。私たちは当然のこととしてGoogle Earthを見ていますが、この時代は人が一歩ずつ歩いて計って地図を作ったなんて、信じられませんよね。それが今の地図と同じだなんて・・・。

松前藩については、アイヌの部族間で起きた争いを鎮めたりして、なんとか蝦夷の地をまとめようとしている中でいろいろな事件が起きました。
ただこの頃は一応蝦夷地支配が完成し、アイヌたちを支配下に置いていました。その意味では話を単純にするために、アイヌ側から見て「悪」という位置づけになるかもしれません。
そのあたり、物語のディテールは次のシナリオ段階で調整されるものです。(ただしシナリオはありません。ここではこの企画書までです)
by sig (2010-08-07 16:52) 

みかっち

本当に当時の正確な地図に驚きますね!
sigさんが最初に変な形と思った地図と、
測量の仕方が断然進化しているんですね~
今はもう、
このようにどうなっているか解らない地帯なんて無いでしょうけど、
どんな先住民や野生生物がいるかもわからない場所なんて.....
インディージョーンズなみの冒険ですね。
by みかっち (2010-08-07 16:58) 

路渡カッパ

樺太、改めて地図を見ると微妙な位置にありますね。
あまり伝えられてない隠された歴史、民族の絡みなど
なかなか楽しみなストーリーが展開されそうですね。
by 路渡カッパ (2010-08-07 18:04) 

sig

うつマモルさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-07 19:01) 

sig

みかっちさん、
そうなんです。昔はアバウトな絵地図でしたからね。全体像なんか捉えられていなかったですね。
インディー・ジョーンズが出てきましたか。みかっちさんならではの受け取り方。さすが、いいこと言うなあ。アマゾンやアフリカの内陸部などは別として、林蔵らにとってはまさにそこは未開の地。秘境探検の最後の時代だったんですね。みかっちさんなら風景や動植物の写真撮りまくるんじゃないだろうか。
今は全部が明らかになって、男のロマンがなくなっちゃいました。
by sig (2010-08-07 19:11) 

sig

路渡カッパさん、こんばんは。
今から見るとこの頃は、探検とか冒険が出来た最後の時代だったようですね。一般的に言って林蔵の海峡発見のお話は、北方領土問題やアイヌの民族問題が絡んだりして、あまり手を付けたくない分野みたいです。私はそうした政治的なことを外して、林蔵の人間を描いてみたいと思ったのです。調べて見たのですが、かなり複雑で感情移入しにくい人物のようでした。このあらすじ、あと3~4回ほど続きます。
by sig (2010-08-07 19:23) 

sig

やまさん
あら!みてたのねさん
flutistさん
ぼんぼちぼちぼちさん
yannさん
          こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-08 00:45) 

カメキチ

間宮林蔵,伊能忠敬にしてもとにかく自分の足で測量し、地図を作ったことはものすごい困難を伴ったことと思います。江戸時代にこのような素晴らしい人たちがいたことは日本人の誇りですね。
by カメキチ (2010-08-08 09:44) 

sig

釣られクマさん
猫屋福助(株)さん
lamerさん
          こんにちは。ご来館ありがとうございます。

by sig (2010-08-08 12:55) 

sig

カメキチさん、こんにちは。
私たちの世代は間宮林蔵を教わっていないのですが、うちにあった講談社の絵本で知っていました。ずっと気になっていて、数年前に調べたのですが、伊能忠敬、間宮林蔵の功績を知る中で、当時の世界情勢がとても興味深く感じました。この文章の半分は、林蔵よりもそちらの方かも知れません。
by sig (2010-08-08 12:59) 

Pace

妨害(松前藩)があったり、運命的な出会いがあったり、
バンナイという仲間を得たり、何かを成したいと思う
強いエネルギーを持った人の人生はドラマチックですね(’’)
”評価に不満を持つ名誉欲”がこの次どこへ向かっていくのか
非常に興味があります(^^)
私はやっぱり、林蔵さんを応援したいと思いました!
by Pace (2010-08-08 21:48) 

tomickey

ロシアにとってはサハリンは南国に値するということを地図であらためて感じ取れました~(^_^)
by tomickey (2010-08-08 22:08) 

mito_and_tanu

こんばんは。
林蔵の強い出世意欲というか、評価されたいという思いと下級の身分のコンプレックスががこの偉業を成し遂げさせたのですね。歌に身を立て名を挙げやよ励めよとありますが、林蔵の強い意思に感銘を受けます。
by mito_and_tanu (2010-08-08 23:51) 

くまら

松前藩の悪行三昧がひしひしと
樺太とカムチャッカ半島がごちゃごちゃになってます(汗)
by くまら (2010-08-09 11:44) 

sig

ChinchikoPapaさん
漢さん
disneyworldさん
八犬伝さん
アヨアン・イゴカーさん
Shin.Sionさん
めえさん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-09 16:09) 

sig

Paceさん、こんにちは。
Paseさんはこころが広いから、どんな人もいい方に解釈してあげるんですね。でも、下心をもつ人を見分け眼は必要。この文章で私は林蔵をただの好人物としてだけ描きたくないのですよ。人間、きれいごとだけで生きていければいいのですけれど。彼の場合、調べるほどに、フェアでないところが見えてくるんです。困りましたね。笑
by sig (2010-08-09 16:18) 

sig

今造ROWINGさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-09 16:19) 

sig

tomickeyさん、こんにちは。
ほんとにそうでしょうね。すべてはGoogle Mapのおかげです。笑
by sig (2010-08-09 16:21) 

sig

mito_and_tanuさん、こんにちは。
コンプレックスもいい方向に向ければ成功の礎になると思います。
間宮林蔵は戦中、国策の中に位置づけられて偉人として国民の間に定着しました。私もはじめそのつもりで調べると、意外な部分が多くて、だからここでは、偉業を成し遂げたけれども偉人とは違う、という微妙な解釈をしています。偉人伝が頭にある方々にとっては、これはちがう、ということになるのでしょうが、私は林蔵の人間的な側面を描きたいのです。
いつもコメント、ありがとうございます。
by sig (2010-08-09 16:29) 

sig

ブラザーボブかきもとさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-09 16:30) 

sig

くまらさん、こんにちは。
松前藩はすべて悪ではないでしょうが、ここでは悪役です。笑
カラフトはあまり話題に登らないし、第二次大戦後正式に手放したところですから無理もないと思います。ただ、いわゆる北方領土とされるクナシリ、エトロフ、ハボマイ、シコタンの4島については名前と位置を覚えて置いてくださいね。
by sig (2010-08-09 16:35) 

sig

サチさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-09 16:35) 

yakko

こんばんは。私は間宮林蔵と伊能忠敬の区別もつかないくらいの
知識しかありませんでした・・・恥ずかしいです(;゜ロ゜) その上
北方領土のことも不勉強で〜(T_T) ここで勉強させて戴きます。
by yakko (2010-08-09 21:47) 

TanTan

 こんばんは。
 いつもありがとうございます。

 貴重な資料をありがとうございます。

 小説とするためには和人とアイヌ、そして、ロシアを含めて三極以上で描くと、面白さと当時の現実を積み重ねた作品に出来るかなと僕は考えています。
 僕なりに百科事典を引っ張って調べましたがアイヌの同化政策は明治政府がもっとも過酷のようですので、主題にはおかずに、やはり探検帝国主義のレースが、作品としてはおもしろそうですね。

 書きたくてうずうず虫が、うにゃうにゃです。(笑)
by TanTan (2010-08-09 22:45) 

sig

ほりけんさん
kakashisannpoさん
          こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 09:01) 

sig

yakkoさん、こんにちは。
私も歴史は全く知りません。たまたま間宮林蔵を書いてみようと調べたら、いろいろな事柄がついてきました。笑
ここで民族問題や国際問題を論じる気はありませんので、お気軽にどうぞ。
いつもコメント、ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 09:04) 

sig

hayama55さん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 09:05) 

sig

TanTanさん、こんにちは。
仰るとおりロシアとの駆け引きを書いたらスケールの大きな物語が出来ますね。ロシア側も日本側も良く知られた名前がたくさん出てきますし、面白いドラマが描けるのではないでしょうか。ぜひぜひ。
この梗概も 次々回は、スケールは落ちますが林蔵と伝十郎の探検レースとなります。
by sig (2010-08-10 11:39) 

sig

ごんちゃんさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 11:41) 

sig

kanaさん、はじめまして。こんにちは。
ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 11:41) 

sig

Yubarimeronさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 17:53) 

gyaro

松前藩も含めてそれぞれに利害というかカセがあって、
これからどうなるんだろうってグイグイ引き込まれてしまいます♪

私はハコ書きやシナリオそのものを書くのは好きだったのですが、
シノプシス書くのがすごく苦手でした^^;
by gyaro (2010-08-11 23:00) 

sig

hi-ragiさん
Ja-Kou66さん
miyokoさん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-12 10:40) 

sig

gyaroさん、こんにちは。
これは劇映画を想定していますから、TVドラマの展開よりはかなり詳細に書き込んでいます。それは自分の覚え書でもあるんですね。だから歴史的な事柄は正確を期しています。(事柄をアレンジしていない)

ただこれを映画化する場合、このままシリアスに作るのは当たり前なので、喜劇風に思いっきりカリカチュアした方が林蔵の屈折した性格が面白く表現できるのでは、と思っています。それを構築するのがシナリオ段階ですね。
by sig (2010-08-12 10:48) 

sig

雉虎堂さん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-12 10:49) 

響

まさか襲撃に合うとは
日本が外国の植民地の危機のある時代に
アホなことやってますね。
しかし本当に地図の正確さに感心いたします。

by (2010-08-12 20:27) 

sig

abikaさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-12 21:06) 

sig

響さん、こんばんは。
これは映画を想定した筋書きで、基本的なところは史実に忠実です。
が、松前藩の襲撃はフィクションです(汗)。
ただ、言ってみれば林蔵は、東京本社から北海道出張所にやってきた人間ですから、表向き慇懃に扱われて、裏では煙たがられたでしょうね。

私はそもそも地図大好き人間であるところから、間宮海峡に関心を持ったというわけです。それにしても、200年以上も前に歩いて計って作った地図が、衛星から見たGoogleMapと同じなんですからね。すごいことですよね。響秘密結社のワクワクトラップも、200年後にきっとすごい発明だって、そう言われますよ。
by sig (2010-08-12 21:17) 

sig

まろりーなさん こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-17 15:11) 

sig

NO14Ruggermanさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-23 23:52) 

sig

春uraraさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-31 19:14) 

春urara

最近の映画の「剣岳・点の記」は観られましたか?
 
※明治末期の陸軍の地測量部の主人公が日本地図の空白を埋めようと、まだ山頂へのルートが未開で、測量できずにいる信仰の山である、剣岳に地元の案内人を立てて、大自然に挑む実話で、それに、日本初の出来たばかりの山岳部との競争が絡んだストーリー

を、観たのですが、今、sigさんの物語それこそが、時代をへて、この剣岳物語へとの続きのような重なりを感じて、ちょっと感動しちゃいましたよ~♪(^。^)y


by 春urara (2010-08-31 19:15) 

sig

春uraraさん、こんばんは。
「剣岳・点の記」は今年の春、WOWOWで観ました。すばらしい映画でしたね。
あの探索は「山の高さ、つまり海抜の高度」を確かめるものでしたが、伊能忠敬や林蔵の場合は、それ以前の「地形、つまり日本の輪郭」を把握する調査でした。
水平の調査の後に垂直の調査がなされて、本土の立体像がつかめたわけですね。仰るとおり、どちらも調査の苦労は共通していたことでしょうね。
ごていねいなコメント、ありがとうございます。
by sig (2010-08-31 20:31) 

sig

yutakamiさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-10-03 13:53) 

sig

TAKAさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-10-23 23:36) 

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