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ローンウルフは北をめざす/4 [映画企画・間宮林蔵]

P1030925b-3.jpg       短期連載 時代劇映画企画
    「ローンウルフは北をめざす」 
         -Strait MAMIYA- 
               ④
くらしの様子.JPG●アイヌのくらしIMGP9314.JPG
●役人をもてなすアイヌの人たち


●シノプシス(梗概/あらすじ)

.エトロフ島勇猛潭
  <カラフトにぜひ行かせて欲しい>。
   かねがね島之丞に頼んでいた林蔵に下った幕府の命は、天文地理掛として、クナシリ、エトロフの実測だった。内心不本意ながら一応幕府の測量士として一人立ちした林蔵は、島之丞、バンナイと別れてクナシリの実測を終え、エトロフに渡った。文化4年(1807)のことである。

  この年3月。幕府は、東蝦夷、北蝦夷(樺太)とともに松前藩に委ねていた西蝦夷地をも直轄とし、箱館(現在の函館)奉行を松前に移し松前奉行と改称。併せて天文方の高橋景保に第四次樺太探検の実施を指示し、万国地図(世界図)の完成を急がせた。
  北極南極の両極を除いて世界地図上に最後に残された不明地帯……それがカラフト北西部であり、幕府としては隣国・清との国境も把握する必要があったのである。
 

 林蔵が拠点としたエトロフの中心地シャナには南部藩、津軽藩の陣屋があり、300人が滞在して防備していた。隣島ウルップには享和元年(1801)、すでに富山元十郎らにより「天長地久大日本属島」の標柱が建てられていたが、今では赤人と呼ぶロシア人が60人も入植していた。いわばエトロフは千島最北端の日本領土だった。

地名入り 1.JPG

 
 ロシアの軍艦2隻がシャナの沖合いに姿を現したのはその矢先のことである。
 寛政4年(1792)、文化元年(1804・下図参照)と二度にわたって通商を求めるために派遣した使節を幕府からむげに断られたロシアは、非常手段として威嚇のために、海軍大尉フヴォストフと同少尉ダヴィドフを差し向けたのである。
  彼らは砲撃を加えながらナイホに焼き討ちを加えると、海岸伝いに軍艦をめぐらし、シャナヘ迫った。

1804 レザノフ来航.JPG
●参考図/1804 長崎に来航したロシア使節レザノフの軍艦ナデジュダ号(中央)

  シャナには戸田又太夫、関谷茂八郎両責任者を筆頭に、津軽、南部藩兵が篭城。いよいよ上陸しようとするロシア兵を迎え討とうとしたが、先方の大砲、小銃に対して武器の不備のために抗し得ず、ひとまず立ち退こうと評定した。
  血気にはやる林蔵は「立ち退くとは何事か」と奮戦したが、多勢に無勢。一同は山越えして退くことになった。林蔵の気持ちは収まらず、又太夫の責任を厳しく糾弾。又太夫は責任をとって自害した。
  他の幕吏たちは事の次第を箱館に注進するとの名目でエトロフを去ったが、林蔵は「オロシャ(ロシア)の狼藉を見届ける」とがんばり、その地に残った。

 
 この事件は林蔵の虚栄心と名誉欲を大いに満たすものだった。<これで間宮林蔵は文武両道と、俺の名声も上がることだろう>。林蔵は早速自分の武勇談を、忠敬とりきへの書状にしたためた。箱館からの詳報が江戸へ届いた頃、林蔵の思惑通り彼の評判は大変なものだった。
 
 
 しかし、それを虚勢とみて喜ばない者がいた。忠敬と景保、それに内妻のりきであった。彼らは林蔵の軽薄な功名心を見抜き、眉を曇らせた。
  特にりきは江戸にいた頃の林蔵を良く知っている。「自分が正義だ」との信念で何でも先頭に立ちたがり、強情で強引。己を押さえることのできない一途な性格は仲間から敬遠され、彼を孤立させていた。

  人と溶け合えない・・・なぜだ。この焦燥が苦い劣等感として林蔵の心を苛んだ。<おれは孤独で結構。個を生かせる測量の才覚は正に天が与えたものに違いない。きっと有名になって仲間を見返してやる>。林蔵はそう心に誓うのだった。

5.カラフト行前夜
  その頃江戸では、高橋景保が第四次樺太調査の人選に当たっていた。忠敬から林蔵の才覚を聞き及び、今またエトロフ島武勇談を伝え聞き、その飽くことを知らぬ行動力に大きな期待を抱いた景保は、新たな樺太探検に、迷わず林蔵を推挙した。<彼ならできる。彼ならきっとやり遂げてくれるだろう>。
  忠敬から聞くだけで一面識もない林蔵を信用し、彼は学者としての生命を賭けたのである。

北方 広域地図3.JPG

 
 こうしてかねてからの林蔵の念願は、思わぬところから転がり込んで来た。しかし同行者はエトロフで越年した経験を持つ蝦夷探検の大ベテラン、調役下役元締・松田伝十郎と聞くと林蔵の心は曇った。<これだけの実績を積んだこの俺が、今更従者とは…-->。
  とは言っても、未知の領域を極める願っても無い機会が降って湧いたのだ。<これは自分の技量が買われている証拠。チャンスがあれば伝十郎を差し置いてでも……>との不遜な心を片隅に、強い意欲が湧くのを覚えると、早速彼は、以前忠敬の説明を聞いた時から欲しいと思っていた新式の羅針儀をぜひ譲ってほしいと江戸の忠敬に使いを立てると共に、数年前苦楽を共にしたパンナイの姿を求めた。

 
 バンナイは川筋の小屋にワッカと住み、サケ漁の仕事に携わっていた。二人だけの平穏な生活は林蔵の来訪によって破られた。ワッカは不吉なものを感じたが、熱心に頼む林蔵に心を動かされたバンナイは、「幸せな家庭を奪わないで…」と追いすがるワッカを振り切って林蔵の後を追うのだった。

マレプでサケを突く.JPG
●アイヌのサケ漁

  ソウヤで林蔵が初めて会ったその男は、豪放磊落、大酒飲みで、緻密な測量を続けながらカラフトの奥地を極める難事業に同行するには、はなはだ頼りなげに映った。
  ソウヤはカラフト南端のシラヌシと海上八里を隔てて相対する蝦夷本島最北端の要地で、津軽薄重役山崎半蔵のもと200名の藩兵が警備を固め、蝦夷探検のベテラン最上徳内、深山宇平太と共に警備兵所轄の筆頭にあったのが松田伝十郎だった。この時林蔵34才。伝十郎40才。

  
二人は早速カラフト探検の準備に取りかかった。小舟の手配、糧食の調達など、バンナイの働きは大いに役立った。服装については、徳内、宇平太とも協議し、結局幕府の役目を明確にするため役人の格好で行くことに決まった。 伝十郎の仕事に対する姿勢は、平常とは打って変わって厳しいものだった。林蔵はその姿に密かに畏怖の念を抱くのだった。

  いよいよ出発の日がやってきた。伝十郎は「死を決して奥地に至るべし。もし帰らざる時はソウヤ出船の日を忌日と定むべし」と決意を述べ、林蔵は「成功のかたち立たざるうちは死を誓って帰るまじ」と志を伝えて、バンナイと共に船に乗り込んだ。
 忠敬からの羅針儀が届いたのは、正にその時だった。         

伊能忠敬.JPG 間宮林蔵.JPG
●伊能忠敬                  ●間宮林蔵

梗概・つづく

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コメント 54

いっぷく

役人をもてなすアイヌの人たちでふるまっているのはずいぶん大きなサケ(人より大きいので違うのかな?)サケ漁のシーズンになれば壮観なサケの群れを見れたのではと思います。
by いっぷく (2010-08-10 09:59) 

りらら

間宮林蔵って寂しい人ですねぇ・・・。
生い立ちがそうさせたのかもしれませんが、もう少し
名誉以外の面でメリットをつむぎだせたら良かったのに。
by りらら (2010-08-10 13:34) 

sig

kanaさん
xml_xslさん
よーじっくさん
flutistさん
kontentenさん
miyokoさん
アヨアン・イゴカーさん
          こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 13:50) 

sig

いっぷくさん、こんにちは。
大きなご馳走は頭の部分が不鮮明で分からないのですが、魚ではなく、ラッコのような動物かもしれませんね。
サケの遡上シーズンは戦前ですら、棒を立てられるほど密な群れになって遡ってきたといわれていますね。
by sig (2010-08-10 13:56) 

sig

ほりけんさん
kurakichiさん
okin-02さん
お茶屋さん
4geさん
siroyagi2さん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 13:57) 

sig

りららさん、こんにちは。
間宮林蔵はこれまでは偉人として語り継がれていますから、完全無欠の人物と思われていると思います。それをあえてここでは人間として捉えてみようとしています。いろいろ調べてみると、そうではないのでは、と思い当たるところがあったからです。実際に会ったことの無い人について勝手に解釈するのは無責任なことですが、ドラマは想像しながら構築するものですからね。
by sig (2010-08-10 14:03) 

sig

yannさん
Yubarimeronさん
          こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 17:55) 

puripuri

教科書で習った間宮林蔵とは違う面を読ませていただきました。
そのような人(性格)であるからこそ、あのような偉業を成し遂げたのかな~と
思いました。 マイヤベと呼ばれていたような?記憶違いかもしれません。
by puripuri (2010-08-10 18:59) 

sig

puripuriさん、こんばんは。
私は兄たちが読んでいた講談社の絵本で間宮林蔵を知り、ずっと尊敬していました。数年前、そのことを文にしようといろいろ調べたら、この中にも書いておりますが、あちこちで ? の部分が出てきました。それで構築しなおしてみたのがこの林蔵像なんです。 会って話を聞いたわけではありませんので不遜なのですが、あえてこれまでのイメージと違う林蔵を書いています。かなり違和感がおありかもしれませんね。
マイヤベは知りません。
by sig (2010-08-10 21:41) 

sig

レオぱぱさん
ChinchikoPapaさん
hayama55さん
shin.sionさん
          こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-10 21:44) 

mito_and_tanu

こんばんは。
林蔵はまさに仕事の鬼というか、認めてほしいという気持ちの塊のような人ですね。楽して最大の結果を求めるタイプではなく、波風立ててでも正面から突き進んでその結果を認めることを求めるタイプですね。
何かを、特に楽ではない何かを成し遂げるには必要な人ですね。 でも、この性格だと林蔵は一生楽は出来なかったのかも。
by mito_and_tanu (2010-08-10 23:17) 

OMOOMO

林蔵の激しい性格におどろかされます。人一倍
立身出世欲の塊だったのでしょう。
by OMOOMO (2010-08-10 23:21) 

sig

ぼんぼちぼちぼちさん
hi-ragiさん
           こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-11 00:02) 

Ja-Kou66

間宮林蔵さんは、宗谷岬で会ってきました(^ ^)
(確か、目線はサハリン方面に向いていたような…)
先に立つ人は、それだけの度胸がないとダメですね。
by Ja-Kou66 (2010-08-11 00:07) 

sig

mito_and_tanuさん、こんばんは。
私も林蔵を偉人と見ていました。けれどもいろいろ調べた過程で、mitoさんがお感じになったような林蔵像を持ちました。偉業を成し遂げたから偉人ではあるがいわゆる人物ではない、ということです。ここでは林蔵のその後には言及しませんが、幕府の隠密として各地の情報を収集していたようです。それなりの成果も収めたということですが、晩年は変人のような暮らしをして生涯を終えたように書かれた書物もあります。
by sig (2010-08-11 00:12) 

sig

OMOOMOさん、こんばんは。
この文は梗概といっていわゆるあらすじの段階ですので、あまり脚色せずに史実をそのまま列記しています。つまり、この段階ではまだ作り話ではありません。その作業の中で自分が感じた林蔵像を描いてみると、こういう考えの、こういう人物だったのではないかと見ているわけですね。異論のある方もたくさんいらっしゃると思いますよ。
by sig (2010-08-11 00:20) 

sig

Ja-kou66さん、こんばんは。
一般的に見たら間宮林蔵はヒーローでしょうから、銅像が建っているのでしょうね。あの時代にあれだけの偉業を成し遂げた人ですから、常人ではないでしょうね。
by sig (2010-08-11 00:23) 

sig

八犬伝さん
ブラザーボブかきもとさん
sanaさん
          こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-11 00:24) 

あら!みてたのね

こんにちは・・・
探検家間宮林蔵の活躍が拝見できるのですね! 楽しみにいたします。
伊能忠敬に測量技術を教わった2人のエピソードも教えて貰えるかもね!
by あら!みてたのね (2010-08-11 09:42) 

カメキチ

当時、エトロフに南部、津軽藩の陣屋があったとは知りませんでした。北方領土といわれるクナシリ、エトロフは当時すでに日本の領土としていたのですね。当時千島、樺太等の領有権はどのようにして生まれたのでしょうか。
by カメキチ (2010-08-11 09:57) 

くまら

間宮林蔵がそんな人だとは思わなかったです。
>役人をもてなすアイヌの人たちの絵の中にいる
巨大な魚はなんでしょう??
by くまら (2010-08-11 15:04) 

sig

花火師さん
c_yuhkiさん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-11 17:56) 

sig

あら!みてたのねさん、こんにちは。
これはあらすじですから細かいエピソード書いていません。伊能忠敬の件はこれだけで、次回は樺太探検になります。ここでは林蔵の偉業は認めながらも、人格としては別の見解を取っていますので、そのあたり、イメージが異なるかもしれません。
いつもコメント、ありがとうございます。
by sig (2010-08-11 18:01) 

sig

りぼんさん
ヨタ8さん
dorobuhigeさん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-11 18:02) 

sig

くまらさん、こんにちは。
みんなが知っている間宮林蔵なら今更書くことはないので、ここでは別の見解で書いています。違和感があるのはそのためだとおもいます。
巨大な魚・・・これが分からないのですよ。骨格は魚のようですが、頭の部分が不明ですね。後ろ足があるような気がするので、解剖図を知らない絵師が書いたとしたら、ラッコのような動物かもしれないと思ったり・・・でも、背びれが付いているようなんですよね。
by sig (2010-08-11 18:07) 

sig

カメキチさん、こんにちは。
クナシリ、エトロフには日本領土の標識を立てていました。それよりも身近なハボマイ、シコタンには当然渡っていました。
カラフトは林蔵の探検で北緯53.5度位まで行っているのですが、後に日本領土とされたのは北緯50度以南でした。
第二次大戦後はそれを全部取り上げられたわけですが、上記の4島は未解決、というのはご承知の通りです。
by sig (2010-08-11 18:15) 

sig

めぇさん
とらさん
          こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-11 18:39) 

gyaro

今回も楽しく読ませていただきました♪
林蔵とバンナイの再会ですね〜^^
伝十郎の二面性もとても魅力的に思えました☆
by gyaro (2010-08-11 23:11) 

tomickey

絵からはアイヌの暮らしがとてもよく伝わります!
このころアイヌの人たちにとってはちょんまげの姿は珍しく見えたのでしょうね(^_^)
by tomickey (2010-08-12 09:10) 

yakko

お早うございます。
スゴい迫力で一気に読ませていただきました。
間宮林蔵という人の「人となり」を、そしてその周りの人達のこと知ることが出来ました。力作ですね〜 続きも楽しみにしています(^。^)
by yakko (2010-08-12 09:42) 

雉虎堂

この時期の江戸幕府って
組織としてはかなり硬直しているけど
優秀な人材もいて……っていう
日本の大企業の構造と似ていておもしろいですよね

幕府天文方渋川春海の生涯を描いた小説が
ベストセラーになったようですが
同じ天文方でも高橋景保はずいぶん政治的な動きをしていたようで
とっても興味深い人物です
by 雉虎堂 (2010-08-12 10:37) 

sig

うつマモルさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-12 10:51) 

sig

gyaroさん、こんにちは。
そんな訳で(前回レスのつづき)、シノプシスは作品のねらいと見せ場が伝わるようにまとめればいいのだと思います。企画意図との整合ですね。
あと2回でおしまいですから、読んでみてください。
by sig (2010-08-12 10:54) 

sig

SILENTさん
パルの大冒険さん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-12 10:56) 

sig

tomickeyさん、こんにちは。
奥地のアイヌの人たちに、まげは奇異に映ったでしょうね。
アメリカ人がはじめてちょんまげの日本人に接したとき、「ピストルを頭に乗せた人々」と呼んだという話もありますね。
by sig (2010-08-12 10:59) 

sig

yakkoさん、こんにちは。
いつもコメント、ありがとうございます。励まされております。
これは企画書の「あらすじ」の項目なんですね。これを元にシナリオを書くわけです。その際、もっと面白くなるように思い切ったアレンジなどがなされることになります。
これは映画企画書の形をとっていますが、間宮林蔵について調べた私の覚え書なんです。あと2回で終了です。どうぞよろしく。
by sig (2010-08-12 11:04) 

sig

雉虎堂さん、はじめから読んでくださってありがとうございます。
なにしろこの時代に生存していたわけでもなく、徳川幕府に仕えたわけでもなく、まして間宮さんに会ったことも無い身で勝手なことを書いてるものですね。
仰る通りこの時代になると幕吏は、かなり今のサラリーマンみたいな感じがしますよね。刀による武力の時代が終わりかけて、知力がようやく重用される時代になったということでしょうね。
ひとの本を読まないので、渋川春海の小説は知らないのですが(暑さのせいではない本格的な大汗)、高橋景保はシーボルト事件の関連で思い入れのある人物です。コメント、ありがとうございます。
by sig (2010-08-12 11:17) 

abika

ご無沙汰してしまいました^^;
最初から、見て来ます♪
by abika (2010-08-12 13:40) 

みかっち

偉人と語り継がれるような業績を残した人って、
やっぱり、ドロドロしてるくらいの野心が無いと、
成し遂げられなかったんじゃないかと思います。
人間らしくていいじゃないですか(笑)
でも...ワッカ....かわいそうっ(>_<) 
ワッカにとっては、穏やかな幸せをぶち壊す悪魔の使者やなぁ~
by みかっち (2010-08-12 14:04) 

響

なんだか次回の大河ドラマの台本を読んでるようです。
知らなかった歴史なのでとっても勉強になります。

by (2010-08-12 20:34) 

sig

abikaさん、こんばんは。おかえりなさ~い。
by sig (2010-08-12 20:48) 

sig

みかっちさん、こんばんは。
偉人イコール変人、なんて言われたりしますね。どこか変っている。只者ではない。そんなところでしょうか。正体不明の人、陰のある人、冷たい感じの男性に女性は弱い、なんてね。みかっちさんには当てはまらないか。笑
こういうもの書く時には、どこかに自分の気に入りの異性を混ぜ込んでおくものなんですよね。やっぱりワッカの役はみかっちさんに頼もうかな。
by sig (2010-08-12 20:57) 

sig

てんてんさん、こんばんは。はじめまして。
ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-12 20:58) 

sig

響さん、こんばんは。
歴史を知らない人間が、この人物に興味を覚えただけで書いてしまいました。専門家が読んだら矛盾だらけだったりして。でもこれはドラマですからご勘弁願います。
これは北のドラマですが、南の方では天草四郎時貞に興味がありますね。大河ドラマは見たことがないのですが、天草四郎はもうやったでしょうか。
by sig (2010-08-12 21:04) 

Pace

林蔵さん落ち着いて~!と叫びたくなりました(笑)
つまはじきにされて終わり…かと思いきや、
チャンスが転がりこんでくるあたりは
やはり強運の持ち主と言うべきでしょうか。
いろんな意味で、目が話せない人物ですね(’’)
by Pace (2010-08-12 23:23) 

sig

paseさん、こんにちは。
これはあらすじなので、史実はアレンジしていません。ただ、歴史の記述は結果の列記だけなので、そこから私が感じた林蔵の人間像を書いています。彼を信じて推挙した高橋景保は、のちに林蔵の行動をきっかけとした「シーボルト事件」で投獄の憂き目に合うなど、とにかく複雑な人物に映ります。
いつもコメント、ありがとうございます。
by sig (2010-08-13 11:02) 

sig

佐々木さん、こんばんは。はじめまして。
ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-13 19:05) 

sig

Cageさん、はじめまして。こんにちは。
ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-14 07:39) 

sig

路渡カッパさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-17 09:38) 

sig

まろりーなさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-08-17 15:12) 

春urara

林蔵を中心の物語ですが、
この時代に、エトロフ、クナシリにも防備する為に多くの人々が派兵されていたんですね~!
そんな人々にも、ふと思いが馳せられました。
だって、地図もまだない時代に、よく行けましたよね(^_^;)

by 春urara (2010-08-31 19:35) 

sig

春uraraさん、こんばんは。いつもコメントありがとうございます。
クナシリ、エトロフは知床から肉眼でも見えますから、船で渡るのはさほど難しくは無かったと思います。
ここに名を挙げた林蔵以外の日本人はすべて幕府の測量方で、それぞれ蝦夷地の探索において大きな功績を挙げている人たちばかりで、林蔵の先輩に当たります。またすでに南部藩、津軽藩による防備が行われていました。
その先のウルップへも日本人は渡ったのですが、証拠を残さなかったようですね。そこで現在、日本が北方領土という時には、もっと手前の知床寄りのハボマイ、シコタンとクナシリ、エトロフで「北方4島」という訳ですね。
カラフトは敗戦によって割譲され、ちょうど中間の北緯50度までとされました。
by sig (2010-10-03 13:57) 

sig

yutakamiさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。

by sig (2010-10-03 13:58) 

sig

きゅーさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-11-18 19:23) 

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