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2009年 あの映画はもう○十年の彼方! [時には「平成」]

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2009年 あの映画はもう○十年の彼方!
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 今年は早くも21世紀の9年目。世界の様子は、少年時代に憧れた、明るさに満ちた21世紀とはかなり違うけれど、夢と現実とはそんなものかもしれません。
 「時計仕掛けの昭和館」は20世紀の後半を語るテーマ館。明るい話題は結構ありました。そのひとつが「映画」。今年の「昭和館」は「映画」についての語りが多くなります。
 手始めに、今年、製作○周年を迎える映画を思い出すままにピックアップしてみました。「え、あの映画がもうそんなに…」と思えるほど時の経つのは早いものですね。私の知っているのは娯楽映画だけですが、みなさんも好きな映画を思い出してみてください。
 

■90周年「カリガリ博士」(1919)ドイツ モノクロ/サイレント
 
監督/ロベルト・ヴィーネ 
 主演/ヴェルナー・クラウス、コンラート・ファイト

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■80周年「大学は出たけれど」(1929)日本
 
松竹キネマ(蒲田撮影所) モノクロ/サイレント
 
監督/小津安二郎 主演/高田稔、田中絹代
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 80周年映画としてはこの他に、溝口健二監督「都会交響楽」「東京行進曲」。洋画ではフリッツ・ラング監督「メトロポリス」、カール・ドライエル監督「裁かるるジャンヌ」、クラレンス・ブラウン監督の「肉体と悪魔」などがあります。

■70周年「風と共に去りぬ」(1939)アメリカ カラー/スタンダード
 監督/ヴィクター・フレミング 主演/ヴィヴィアン・リー クラーク・ゲーブル
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 70周年映画としてはこの他に、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督「望郷」、レオニード・モギエ監督「格子なき牢獄」、田坂具隆監督「土と兵隊」、吉村公三郎監督「暖流」、溝口健二監督「残菊物語」などがあります。

■60周年「第三の男」(1949)イギリス モノクロ/スタンダード
 監督/キャロル・リード 主演/オーソン・ウェルズ、ジョセフ・コットン、アリダ・ヴァリ
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 60周年映画としてはこの他に、ロベルト・ロッセリーニ監督「戦火の彼方」、クラレンス・ブラウン監督「仔鹿物語」、マーヴィン・ルロイ監督「哀愁」、ジャン・ルノワール監督「大いなる幻影」、小津安二郎監督「晩春」、黒澤明監督「野良犬」、今井正監督「青い山脈」、木下恵介監督「破れ太鼓」などがあります。、

■50周年「ベン・ハー」(1959)アメリカ  カラー/シネマスコープ
 監督/ウィリアム・ワイラー 主演/チャールトン・ヘストン、ジャック・ホーキンス
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 50周年映画としてはこの他に、ディズニー長編アニメ「眠れる森の美女」をはじめ「お熱いのがお好き」「十二人の怒れる男」「灰とダイヤモンド」「リオ・ブラボー」「お嬢さんお手やわらかに」「北北西に進路をとれ」「南太平洋」などがあります。

■40周年(1969年製作)
 「イージー・ライダー」「真夜中のカーボーイ」「ローズマリーの赤ちゃん」「ウィークエンド」「ワイルド・バンチ」「中国女」「チップス先生さようなら」「夜霧の恋人たち」「カラマーゾフの兄弟」「イェロー・サブマリン」
 「男はつらいよ(第1作)」「心中天網島」「私が棄てた女」「新宿泥棒日記」「風林火山」「御用金」「千夜一夜物語(虫プロ)」


■30周年(1979年製作)
 「地獄の黙示録」「旅芸人の記録」「木靴の樹」「ディア・ハンター」「イノセント」「ビッグウェンズデー」「エイリアン」「スーパーマン」「マッドマックス」「リトル・ロマンス」「歌う女・歌わない女」「暗殺のオペラ」「インテリア」
 「復讐するは我にあり」「衝動殺人・息子よ」「月山」「もう頬づえはつかない」「ああ野麦峠」「夜叉ヶ池」「子育てごっこ」「銀河鉄道999」

■20周年(1989年製作)
 
 「フィールド・オブ・ドリームズ」「恋人たちの予感」「ドライビングMIssデイジー」「風の又三郎 ガラスのマント」「どついたるねん」「非情城市」「ニュー・シネマ・パラダイス」「セックスと嘘とビデオテープ」

■10周年(1999年製作) 
 「スター・ウォーズ エピソードⅠ」「ディープ・ブルー」「グラディエーター」「ブロークバック・マウンテン」「エニー・ギブン・サンデー」「エニグマ」「風が吹くまま」「グリーン・マイル」「橋の上の娘」「ワイルド・ワイルド・ウエスト」「アイズ ワイド シャット」「グロリア」「ランダム・ハーツ」「プリティ・ブライド」「トゥルー・クライム」「バイセンティニアル」

今年も「時計仕掛けの昭和館」をどうぞよろしくお願いいたします。


「映画」と「動画」「ビデオ」はどうちがう? [時には「平成」]

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「映画」と「動画」「ビデオ」はどうちがう?

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●「昭和館」の春の庭です。冬の花たちが春の花にバトンタッチ、というところです。

 最近、インターネットでよく目に付くようになった「動画」という言葉。動画にはアニメーションはもちろん、動きを与えた図版や、素材は写真であっても音楽に合わせてズーミングしたり、カット変わりを映画的手法で転換したりするようなものも含まれるようですね。では、「映画」と「動画」はどこが同じで、どこがちがうのでしょうか。
 また、最近では「ビデオ」で「映画」を作るという人たちが増えているようです。では「映画」と「ビデオ」とはどういった関係にあるのでしょうか。

●「映画」と「動画」
 インターネットでは、よく「ハリウッド映画を見放題の動画配信サービス」というような告知を目にします。「映画」がインターネットに乗ると「動画」という呼び方に変わるという例ですね。つまり「映画」と「動画」とは同じもので、内容そのものは変わりないのだけれど、その見方・見せ方がちがう……それが「映画」と「動画」のちがいのようです。
 
  ご存知のように
「映画」という言葉は「動画」という言葉が生まれるよりずっと前からありました。映画は米国ではモーションピクチャー、ムービングピクチャー…つまり動画と呼んでいましたし、日本ではそれを直訳して、明治・大正時代には「活動写真」という呼び名で親しまれてきたのでした。

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●トサミズキ          ●ミニシャクナゲ

 日本で
「動画」という言葉が生まれたのは、コンピュータで画像を扱うようになってからです。写真や図版など、動かない画像を「静止画」と定義し、それに対して動きのある写真やアニメーションなどを「動画」と呼ぶようになったのでした。

 
 もともと「映画」には、誕生以来「スクリーンに投影された動く画像」という概念が厳然として確立しています。その上「いろいろな人が一堂に会して」、更に言えば「そのつど料金を払って観るもの」という考え方が映画誕生以来定着してきました。

 
ここで特に大事なことは「スクリーンに映写して」という部分です。パソコン上で見る動く映像はスクリーンに投影されたものではないし、個人が無料で(有料もありますが)楽しむものだから「動画」ということになって、たとえ映画として製作されたものでも、ネット配信の場合は「動画」と呼ばれるようです。けれども、ネットで見たことを友達に話すときには「動画を見た」とは言わずに「昨日○○という映画を見たよ」と言うのでしょうね、きっと。
 
これはまあ理解できるのですが、分かりにくくなっているのは「映画」と「ビデオ」です。 

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●雪割草                ●一輪でも「ニリンソウ」

●「映画」と「ビデオ」
 
「映画」は先ほど言った通りですが、「ビデオ」は本来、画像を記録するものとして登場しました。ところが次第にテレビ局などの製作現場で製作システムとして成長し、ドラマやドキュメンタリー分野で活躍するなど、映画と同じ働きをするようになりました。

 
「映画」と「ビデオ」の違いはその記録媒体(メディア)です。「映画」はフィルムを使って光学的に記録するのに対して、「ビデオ」はテープに映像も音声もいっしょに電子的に記録してきました。これも最近ではデジタル化され、テープに限らず大容量のメモリやハードディスクなどに記録されるようになってきたことはご承知の通りです。

 「映画」と「ビデオ」はメディア特性がちがいますから、当然撮影された映像の質が異なります。また、製作工程も全く異なります。
 まず「ビデオ」では高価なフィルムを必要としません。現像も不要です。更にフィルムでは大変だった編集やオプチカル処理(光学的な画面効果)もデジタルで簡単にやってのけます。ということで最近では、省力化やコストパフォーマンスの観点から「映画」を「ビデオ」機材で製作することが出てきました。ビデオの画像をフィルムに焼き付け(テレシネ)て上映する訳ですね。
 高画質化が進み、ビデオの録画映像はフィルムに比べて遜色無しといわれる今日では、デジタルビデオによる映画づくりは更に進むだろうといわれています。

 これは映画の上映や配給システムにも影響を及ぼしています。大劇場を筆頭にシネコン(シネマコンプレックス)におけるデジタル上映システム、そして身近なところではインターネットのビデオ・オン・デマンドという形です。このシステムでは、映画をデジタルデータに変換したものをそのまま発信する訳ですからフィルムは使いません。こうなると、「映画」はフィルムに記録されたもの、という定義は消滅するでしょう。そして「ビデオ」で製作された作品も劇場では「映画」と呼ばれることになります。

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●クリスマスローズ          ●これはなんでしょう?

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●イカリソウ             ●スイセン

 ●「ビデオ」を「映画」と言えるか否かは、質の違い?
 
また、聞くところによると、大学の映画学科や映画専門学校では、もちろんフィルムを使って撮る「映画」もあるのですが、手軽に作れるビデオ機材を使って制作する作品、これをビデオとは呼ばずに映画と呼んでいるようです。彼らの場合は不特定多数を対象にスクリーンに上映することを前提に制作するわけですから、これははじめから映画づくりという認識だと思います。 

 
ところで私の周りには、ビデオを趣味としていろいろな分野の力作を作っている方がたくさんおられます。クラブの例会などでは大きなスクリーンに上映して楽しんでいるのですが、それはずっと「ビデオ上映会」という呼び方です。スクリーンに映すのであってもビデオはビデオ…ということで、これを「映画会」と呼ぶのは、どうもしっくりこないものがあります。会員だけで鑑賞する…つまり身内の観客だけを対象にしているからでしょうか。いやいや、不特定多数の観客を対象にした公開上映会ももちろんあるんですよ。ですが、これも「○○映画会」と表現するのはなじまない気がするんですよね。どうしてでしょうねー。
 
 
このように考えると、「動画」「ビデオ」はどちらかといえばパーソナルなもの。そして、例えビデオで制作されたものであっても、お金を払ってでも観に行きたい、と思わせるほどの質的な内容が備わった時に、「ビデオ」も「映画」と呼べるのではないか。そんな風に思いました。

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●カイドウ ようやく咲き始め。
 写真はすべて3月29日撮影。



「できちゃったブログ」のそのあとは… [時には「平成」]

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"できちゃったブログ"のそのあとは……

    40冊もの「ふぞろいの手帳たち」

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 「時計仕掛けの昭和館」にいつもお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

  この<自分史ブログ>、はじめてという方はともかく、「何十年も昔のことをよく覚えているもんだな」とか、「記憶の断片を適当に脚色してるんじゃないか」とお感じの方もいらっしゃるかもしれませんね。今回はそのことについて。

●日記を付けるのは大変。でも、メモなら簡単

 私が日記を付けていたのは高校2年生の頃だけ。それはいちばん感受性が強い時期だったから。それが社会人になったとたん、忙しくて日記どころではなくなりました。1年だけは何とか続けたのですが、まもなく面倒になりやめました。日記帳はそれ以来無縁なものとなりました。

けれども、仕事の予定や経過はメモっておく必要がありますから、手帳は必需品です。以後は手帳一本槍で、「いつ、どこで、誰と、何を」、という最小限のメモは取ってきました。それなら文章にする必要はないし、仕事上欠かせないものだからこそ何十年も続けてこられた訳ですが、ここまではみんながやっていることだと思います。

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異なるとしたら、私の場合、その手帳をすべてしまってあることです。1959年(S34)からちょうど40年に及ぶ手帳が1冊残らず手元にあるのです。(こんなことをしているから、納戸の荷物がいつになっても片付かないのですが)。それは、大げさに言えば自分が生きた証として、処分できない大事なものでした。他に理由はもう一つ。何かは分からないながら、このメモがいつか役に立つ日があるかもしれない、という予感。それが気持ちの片隅にあって処分をためらわせていたのでした。

●この「昭和館」は"できちゃったブログ"だった

 私がこのブログを始めたのは2008年の元旦でした。まさに新年事始めだった訳で、この6月末でちょうど1年半になります。ブログというものの概略は知っていましたが、こんなに面倒なものをまさか自分が始めることになろうとは思ってもいませんでした。

知人のブログを訪問した後で、魔がさしたと言うのでしょうか、興味本位で画面から指示されるままに入力していったら自分のブログが出来ちゃった、という次第で、何とも不謹慎なスタートだったのです。成り行きでそうなったので、はじめから自分史で行こうなどと決めていたはずはなかったのですが、その時無意識のうちに「あの手帳があれば行けるかも」という気持ちがよぎったことは確かでした。

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●一つのワードをきっかけに甦るリアリティ     

手帳には仕事上もっとも大事な内容である、「なぜ、どのように、いつまでに」(フリーになった以降は、「いくらで」、という項目が重要になりましたが)、ということまでは書いてありません。けれども、このブログを書き始めてから、年代を追って手帳を繰りながら当時の状況を思い出そうとすると、かなりすらすらと記憶がよみがえってくることに自分でも驚くほどです。簡単なたった1行のメモから、あるいは一つのワードから、その時の情景が思い出されてくると、そこに誰がいたとか、何が話題になったとかまで、かなりのことが数珠つなぎに呼び起こされてくるものなんですね。

 例えば、たまたま七夕とタイムリーにリンクした前回の「ロタ島で見た満点の星が忘れられない」の記事の最後。「ロタで1日裸になっていただけで、帰ったら背中全体がかなりの火ぶくれ。メンタムをたっぷり刷り込みましたが、3日ほど仰向けでは寝られませんでした」という記事は、手帳にあった「日焼け甚大」というひとことのメモからUP直前に思い出したことなのでした。

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●特に印象に残ったことは、メモとは別に書き留めてきた

 また、このブログは手帳のメモだけに頼っている訳ではありません。私は特に印象に残った事柄については、そのディテールまで思い出につなげたかったものですから、手帳の他に「詳細メモ」を残してきました。

例えば高校時代、生まれて初めて一人で上京した時とか……この時は長岡から上野まで、上越線7時間半の経過をほぼ各駅ごとに、手帳のうしろのフリースペースに書き続けていました。

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●高校生で初上京の際のメモ。列車が揺れて、ただでさえ下手な字が躍っている。
 お茶を売る駅弁売りの声や、窓からイナゴが飛び込んできた、と書いてある。
  飛び込んできた→窓を開けていた→空調がなかった、ということです。

また、生まれて初めてジェット機に乗った時とか……これは旅行のスケジュール表からボーディングパス、バッゲージタグ、買物レシート、ホテルのブックマッチまでを綴じ込んだ別ファイルが作ってあります。それを基にして書いたものが「初体験はウェストコースト」の記事です。

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あるいは前回まで4回連続したサイパン、ロタの紀行記事の場合も、手帳のメモ以外に旅行期間中の毎日の行動を書いた表を作り、島で出会った人や動物たち、食べた料理や果物、島で聞いた歌など、細かくメモしてあります。これらの記述が、何十年も前のことを昨日のことのように思い出させるキーになっているのです。

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●記憶の喚起に強力に作用する「写真」と「動画」

 ブログはすでにデジタル時代における自己表現の場として確立したようですが、何をどのように表現するかといういわゆるコンテンツを構成する要素は、「文字」「図形」「静止画」「音声」「動画」と言われております。

私のプログはほとんど「文字」ですが、時にそれを補うために地図や説明図などの「図形」を配します。「静止画」とはいわゆる写真で、これは状況の説明と画面に変化を付けるために欠かせません。そして「動画」。これは今のところ昔の8ミリ映画がたびたび登場しています。そこにBGMとして「音声」が入ることもありますが、これからはビデオによる動画も使いますので音声情報の割合も大きくなってくると思います。この、昔の「写真」と「動画」が、往々にして「文字」以上に古い記憶をリアルに思い起こさせてくれるのです。
 
エジプトのミイラ男ではありませんが、いつか役に立つと思って何十年も処分しないできたものが、今ようやくブログによってよみがえったという気がします。

  このように考えると、手帳のメモ、古い写真、8ミリ映画やビデオ画像といったもので組み立てようとした「自分史ブログ」という試みが、あながち外れたものではなかったような気がしています。
  もっとも、日記形式のブログにしても、写真中心のブログにしても、それぞれのブロガーの日々が反映されて表現されていくものですから、どなたもみんな自分史を紡いでいるのだということが出来るかもしれませんね。

P1110325-2.JPGP1110326-2.JPG●重ねてみたら1年半で65ミリ

   私はブログを1本書き上げると推敲のためにプリントアウトするのですが、その厚さが65ミリほどになりました(文字が大きい上に、写真も多いのですが)。

その何倍ものボリュームのブロガーもおおぜいいらっしゃると思いますが、自分に関する限り、ここまで続けられるとは思っていませんでした。続けられたのは、ひとえに、こんなプライベートな内容の駄文を読んでくださる方がいらっしゃったからです。ここで改めてお礼を申し上げます。

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夏のまつりは終盤戦 「よさこいin府中」① [時には「平成」]

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夏のまつりは終盤戦
「けやきフェスタ2009/よさこいin府中」-① 

今回、「映画技術おもしろ発達史」に来ていただいた方、ごめんなさい。
今回と次回の2回、「よさこいin府中」の写真集。次々回から「映画技術おもしろ発達史」に戻りますので、どうぞよろしくお願いいたします。 

 
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 こんにちは。気候不順の今年の夏。いかがお過ごしでしたか。
私はとうとう暑中見舞いのご挨拶も残暑伺いも出しそびれてしまいました。汗
 
花火大会も幕を閉じ、とにかく暦の上では立秋もとうに過ぎました。
そんな中で、夏祭りの店じまいというか秋祭りの口火というか、
あちこちでご当地まつりが活気づいているようです。
 

 北海道の「
YOSAKOIソーラン」や徳島県の「阿波踊り」は今や全国規模。最近では沖縄の「エイサー」の人気が高まっていますね。
 エスニックなところでは、弾ける若さに圧倒されそうなサンバ、とりどりのドレスが華麗なフラメンコ、エレガントなハワイアン、変わったところではバリ島の民族舞踊なども見られ、パワフルで新しいまつりの形を生み出しているようです。

 そんな中で8月
23日、東京・府中市で行われた「けやきフェスタ2009/よさこいin府中」を楽しんできました。

シーケンス 31.jpg●案内役のミス府中嬢

 府中市は武蔵国の国府が置かれていた歴史のある街で、「よさこいin府中」は22日と23日の2日間、由緒ある大国魂(おおくにたま)神社の参道であるけやき並木通りを中心に、市内8ヶ所の会場で行われました。
 近隣市部からの参加もあって
50チームもの競演は圧巻でした。
 写真は「けやき並木通り会場」のパレードをハイビジョン・ムービーカメラで撮影したものをコマ抜きしたものです。ムービーでスチルを撮るか、スチルカメラでムービーを撮るか。どっちも楽しめて、いい時代になりましたね。

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●次回、8/27にもたくさん写真を載せましたよ。動画もおまけです。

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★府中市の大国魂神社は、実は私たちが結婚式を挙げた場所なんです。そのせいか府中市との縁は深く、私の生涯学習のステージとなっています。


スチルで撮るか、ムービーか 「よさこいin府中」 ② [時には「平成」]

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「けやきフェスタ2009/よさこいin府中」-②
スチルカメラで動画を撮るか、ムービーカメラでスチルを撮るか


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 こんにちは。前回の続きです。前回と今回の写真は、実はテスト撮影です。
 この頃、ハイビジョン画質の動画が撮れるデジイチが売り出されていますね。片や1000万画素以上の高画質でスチルが撮れるムービーカメラが一般的になっています。
 
「自分はスチルが主だけれど、場合によっては動画も…」という使い方。反対に、「自分はムービーが主だけれど、場合によってはスチルも…」という使い方。このように、スチルとムービーが両側から接近している状況です。では、どこがどのように違うのか。

  そこで、ムービーカメラでスチル写真を試してみたのがこの例です。ムービーカメラ側にもスチル写真モードがあって、それを使えばスチルカメラと同様に撮影できますが、ここではあえて「撮影した動画から1コマの静止画を抜き出す」というやり方のテストです。
 
参考までに、ここに並べた静止画の元である動画の一部を下にクリップしました。ちょっと見比べてみてください。なお、ここに掲載した写真はフルハイビジョン画質(1920×1080画素)を縮小したものです。

●ノイズに聞こえるのはせみしぐれです。W 

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●ムービーは
130コマの連射スピードです
 
  結果から言うと、ムービーカメラで「撮影した動画から静止画を抜き出す」場合、動きの遅い被写体では、くっきり止まったスチル写真を切り出することが出来ますが、激しく動く被写体では必ず大きくぶれているというところがもっとも顕著な違いです。
 
これはムービーカメラは1秒30コマの撮影スピードが前提になっているためで、シャッタースピードはプロ機材以外は調整できず、基本的に一定だからです。(撮影モードがその代わりをしていますが、自分でシャッタースピードを決めることはできません)
 実は、このぶれがあるために早い動きがスムースに見えるので、ぶれは動画としてみる場合には必須なのです。
(早い動きにぶれがなく全部きっかりと映っていると、昔のアニメのように画面がカクカクして見えてしまいます。ただ、ゴルフのスイングのように動きを分析したいような場合には、1コマをクリアに写すスポーツモードを備えているカメラもあります)

  どちらも高画質撮影が実現した現在、ムービーからのコマ抜きはスチル写真とは認められない、という見方があるかもしれませんね。いわゆる写真コンテストなどはそういったケースをどう考えているのでしょうね。スチルの「連射」の中からいちばんシャッターチャンスの良い写真を応募する、というケースは増えてくるのではないでしょうか。 
  まあ私の場合は趣味でやってることですから、使用目的によってデジカメとムービーを使い分けていけばいいと思っています
 


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